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ウェブ・デザインについての覚え書き

Date : 2011.12.20 permalink

ある人とウェブ・デザインについてやり取りする必要があって、その時のメモをまとめたものです。箇条書きで人に伝えるものではないですが、僕が思うウェブ・デザインへの考え方が少しは表れているような気がします。

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- デジタルは実世界にどれだけ貢献したかで価値が決まる。
- デザインは、クライアントのブランディング指針を導くもの。デザインとは、クライアントの20年を導き作ることを目標とする。
- 以前は大企業しか社会的役割をまとめる場がなかったが、ウェブは安価であり、中小企業が社会的役割をまとめて、内外に宣言する機会を得ることが出来た。これが中小企業、店舗、地域経済、個人に与えたインターネットの大きな価値。
- 店舗や個人、中小企業のウェブサイトで最も重要なことは実のブランディング。クライアントが宣言する内容、を指針で示して上げることが仕事の最重要ポイント。
- クライアントのこと、バックボーン、文化的背景、地理的背景、経済活動など、ブランディングに関わることは深く深く調べあげる。名刺一枚のデザインをするにしても、ブランディングに則っていなければ優れたデザインはできない。逆に、名刺一枚から始められるブランディングはある。
- 内外にブランディングを宣言することとは、外に向かうのは当然だが、内部に向かって選択と集中、覚悟と誇りを促すこと。
- ブランディングを表すために、ウェブのデザインは本来必要ない。写真や文章、説明図など、ブランディングの表現に力を注ぎ込むべきで、ウェブサイト制作自体は安価であるべき。撮影した写真などブランディングの表現はクライアントの財産になる。ウェブ・デザイン自体は財産となりにくい。クライアントにとって、価値あるデザインを。
- ブランディングを示すこと。つまりコンテンツ。それを最優先するためのデザインを行う。細かい説明を全てしなくても良い。商品を全て掲載するのは必要条件ではない。
- ウェブの画面デザインは、画面上のコンポジションなど、ゾーニングのレイアウトを整える事に集中する。領域を明快に分けることで、角要素の役割の理解を促す。
- 画面上のコンポジションは、クライアントのブランディングを導くものであること。テクスチャなど具象を使ったイメージ作りは控え目に、メタファで印象を導く手法に可能性を感じる。
- ウェブサイトは基本的にスライドショウ・ゲーム・ムービーの3種類の性質しかない。または組合せや部分。HTMLはスライドショウで、順に画面表示を変更して行くものだと考える。例えば5秒ごとにキャプチャを撮ったものを並べたもの、と考えると良い。デザイン上のインタラクティブなど、ブランディングにほとんど関係がない。
- エフェクトは自由だが、ウェブサイトがスライドショウであることを忘れずに。眺めるだけの動画にならないように。エフェクトを見せるとブランディングが理解できる訳ではない。そこに目的は不在。
- ナビ、バナー、補足情報など、そのページで伝えるべきコンテンツが埋もれるようなデザインをしてはならない。
- ナビを目立たせるのは間違い。操作することはウェブサイトの目的ではない。コンシェルジュのように控え目に。
- そのページの情報構造から、各要素を配置する。例えば前後の重なり順を意識すること。基本はコンテンツが最も手前であり、ナビは最も後ろとする、など。
- トップページはブランディング、またはその概要説明に特化するべき。お知らせは別ページにまとめる。始めて会った人が、今どんな活動をしていて進捗はどうだ、などの話をズラズラし始めると引く。まず、どんな人かを知った上で興味が湧く。
- コンテンツは、クライアントとそのブランディングに出来るだけ近い方が良い。CMSなど。究極はクライアントを知ること自体がブランディングになる。コンテンツが気に食わなければクライントに方針を指し示し、導くこと。
- CMSは自由に入力できるものより、ブランディングに則して入力のフォーマットが制定されているべき。
- ウェブ・デザイナーの役割は、ブランディング指針を示し、クライアントを導くこと。


数年前に考えていたこと

Date : 2011.10.08 permalink

久しぶりに以前に書いた文章を読む機会があって、未熟な部分や間違っている部分も見つけつつ、今でも共感できることも多く発見がありました。既に考えが動き初めているものもありますが、この起点を記しておくことは、僕にとって重要であるようにも感じました。

既に人の目に触れる機会がなかった文章ですが、折角に掘り出されたので5つほどここに載せさせて頂きました。


当たり前を積み重ねること

Date : 2011.10.08 permalink

たぶん、デザインしている人なら何となく分かっている共通認識的に良いことというものがあるように思う。基本、とも言えるかもしれない。形態の論理とかもたぶんそれだ。これらのことはあまりに普通のことだと思われがちで意識的に語られることも少ないけれど、実はとても大切なことなんだと思う。何から何まで守らなければならないとかそう言う話では無いけれど、当然のことだと思える、自身の感性と合致することであれば、それを意識的にカタチに組込んでいくことが少しでも良くすることに直接的に繋がることだとも思う。

つまり、当たり前を積み重ねること。その良いとされている当たり前のことがどれだけ意識されてカタチに組込まれているか。最近になってその積み重ねが多いものが良いカタチだと思うようになった。もちろんそれは「普通」ではない。でもトリッキーでもない。トリッキーな表現の裏に当たり前の積み重ねがあれば良いのだけど、トリッキーにしようとしてなったものはどうも薄っぺらい。
もちろんデザイナー個人の意志や情熱を否定したくはないし、それは非常に大切だと思う。譲れないところは最後まで持っておかなければならないと思う。(でもそれは個人的な嗜好のためではなく、カタチに骨を作り、最終的に目的を適えるための手段、程度に自覚的に思っている方が良いと思う。)集団の思考だと普通に陥りやすいし、一人の情熱と感性を組み入れられたカタチの方が面白く、その人に積み重ねる能力があれば筋が通っていて良いものになると思う。
カタチを考えている時にふと思う。今目の前にあるカタチが良いのかどうか。あるべき位置付けに近い姿か。目的は適えられているか。トリッキーなアイデアを思いついたからと言ってそれにこだわり過ぎていないか。なぜ納得できないのか。ではどうするか。
僕はトリッキーなことがしたい訳ではないとようやく分かってきた。僕は求められることを全うしたい。そしてデザイナーとして、そのプロジェクトに関わるからにはとにかく少しでも美しく、良くしたいと思う。
とにかく目立つことが目的だったりトリッキーであることが条件であって、それに対して意図的なものを見ると「関係のないもの」として片付けられる。そうではなく、客観的に見るととあまり必要でなかったり、目的が適えられていないようなものもある。そういう結果に陥ることは避けておきたい。特にそれが内向的なもの、応用性/汎用性のないもの、つまり文化的でないものにどうも嫌気がさしてしまう。

「新しいは既存の組み合わせでしかない」というある哲学者の言葉を、僕は結構本気で信じている。積み重ねるとは、今までの歴史の中で、人が考えて良いとしてきたカタチを引き継ぐこと、つまり文化的と言っても良いかもしれない。そして、その当たり前を積み重ねることをどこまでできるかと言うのが、デザイナーの力量だと思うのだけれど。
(2009.03.28)