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WRITING 25 Mar 2017


デザインと伝統工芸のアンビバレンス(下)

“デザイン”と“伝統工芸”の相性が悪いということを基軸に置いて考えると別の方法論が浮かび上がる。ブリコラージュの知の在り方に、エンジニアリングの知が貢献することはできないように、分厚い伝統の中で育まれたかたちを操作することは無粋と感じている。“伝統工芸”において“つくること”は目的であり知を受継いできた職人にとっては聖域である。少なくともここはデザイナーが関わるべきところではなくもっと他のところ、伝統工芸の周辺にこそ貢献できる場所があるのではないか。

「伝統工芸は買われようとしていない」とよく僕は言う。「手間が掛かっているので高いんです」と説明されても手間を掛けているだけでは単に職人のエゴである。手間が掛かっていても美味しくない料理にお金を出せるほど使い手の懐に余裕はない。手間が掛かっていたらどう納得できるのか、ということを買い手に想像させるのは高度過ぎやしないか。ほとんど説明がない状態でなにが良い点でどう楽しめば良いか分からず、なぜ伝統工芸の中でも価格に差があるのか説明のないまま、工業製品と比べて形が歪であるものにお金を出して頂けると期待するのは甘いのではないか。使い手の文化を育てないといけないはずなのに、物自体ではなく製造工程の説明や、使用体験ではなく製造体験など産地の紹介で終えてしまって本当に良いのだろうか。使い手はどう作っているかを知りたいのではなく、そのつくり方によってどういう恩恵が得られるのかを知りたいはずという単純な話が通じないこともある。
なまじ品質が良過ぎたので説明なしで今まで売れてしまっていたが、使い手と市場を通じたコミュニケーションがちぐはぐであることは多くみられる。職人は“つくること”に集中されているので仕方がないが、産地全体でも現代の状況でやるべきことがないがしろにされている印象が強い。カタログやオーダーメイドの方法、さらに街の人とコミュニケーションするための言葉を整理し伝えるだけでも随分と状況が変わるのではないか。確かに数百年以上に渡った知の行為が持つ情報は膨大だ。しかし知りたいことを触りだけでも知ろうにもどこにも整理された情報がない。
圧倒的に、伝統工芸は説明不足である。使い楽しむための文化と知識は都市に住む使い手が持っており、産地はむしろ文化的な説明を苦手とする。有り体ではあるが、この作り手と使い手、言い換えると産業と文化、または産地と都市を繋ぐことが重要である。関係を太くするにしろその接点を増やすにしろ、使い手の文化にアクセスし促進するような情報はとても少ない。

また、伝統工芸における商品開発では、デザインされた新しい商品を作ることではなく、産地側で新しい商品が生まれ続ける状況を整えること方が重要である。2年で売り抜けるような世界ではないし、売れ過ぎてそればかりになっても“つくること”が疲弊する。また使い続けて5年で壊れるようでは具合が悪く、修理も出来なければならない。信頼は50年単位で考える必要があり、作られてから50年後のその時に手にした人が「良いものだ」と思わないと売れ続けて来なかっただろう。全く新しいデザインには常にリスクが伴うし、花火が上がるような売れ方でも困るという、本当に厄介な世界である。しかし、それでもできることは多い。
例えば、商品開発もその新商品自体を売ることを目的とせずに、既存の伝統的な商品が売れるように説明的な商品や、補足的な商品を作成し全体を見通し易くすることも有効な手段となろう。販路を横に広げたり、興味を持ってもらえなかった使い手にまでアプローチするための商品開発があっても良いかも知れない。どうしても既存の“高度に錬磨され続けてきた商品”の方が売れ続けるのだし、まずそれを売るための努力をした方が効率が良い。そして実際に商品構成やオーダーの方法を分かり易くすることなど、使い手側に利用されやすいように整理することが効果的で重要であると判断できる状況は決して少なくない。

蛇足だが、もうひとつ加えておくと、伝統工芸は多品種少量生産を特徴とし、それはオーダーメイドを簡易にする。昔は使い手が直接職人と付き合い、さまざまな物を作ってもらって用意する必要があった。型がある鋳物などは別だが、手間が変わらないのであれば定番商品もオーダーメイドも価格はさほど変わらない。例えば簡単な家紋の蒔絵を1箇所足す程度なら、想像より随分と安い価格で行ってもらえるだろう。ただし、オーダーメイドは発注する側にもそこそこの知識が必要にはなるが。
他の分野の例を挙げると、住宅は一品生産であり、住まい手の生活に似合った空間を用意する。単純大量生産ではない伝統工芸にもそういった個々の使い手の生活に寄った一品を用意する流れがもっとあっても良いのではないか。ただ多少の知識は必要であるから、都市と産地を翻訳する立場の人が必要であるようには感じているが、これも職人と使い手を繋ぐ関係のひとつとして、大きく期待したいと考えている。

作り手と使い手を繋ぐこと。これが現代においてデザイナーが伝統工芸にできる最も力強く貢献できるところだと信じている。新商品にしろ、カタログにしろ、ブランディングにしろ、産地が作ってきた、そして職人が作りたいと願う伝統的な商品をより売れる状態を整えることを第一の目標にするべきではないか。そのためには産地が都市に住む使い手側の文化との関係を作り積極的にアクセスする状態を整えることが要となろう。
伝統工芸とデザインの最適な関わり方、矛盾する二つの知を組合せ効果的に両立させる方法を考えると、目的を適える計画であるデザインはその周辺を整えるということがひとつの答えになるように思う。僕はこの情報社会だからこそ、この“周辺”に期待を寄せたい。

※この文章は2017年1月の京都造形芸術大学の講義『デザインと伝統工芸のアンビバレンス』の前半をまとめたものです。
当日のスライド → https://speakerdeck.com/inuiyosuke/dez...

デザインと伝統工芸のアンビバレンス
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